番外編
私は、正義ずらしたテロリストが、一番辛抱ならん。
お手を拝借、拍手のあらしを、皆様が降らば拭け深く吹く息の、息の送る刀であの船の帆を、送る贈らば贈り送れ、贈り満たして下されませぬなら、おりも折りしも居れし檻より、皆様へとお届け申し上げたる、この喜劇が水の泡、波の泡、那美の底。
シェイクスピア「テンペストⅤ1」
次曰く、
恋は目で見ずに心で見る。だから絵にかいたキューピットは翼を持つが盲目で、恋の神の心には分別がまったくなく、翼があって目のないことは、せっかちで無鉄砲なしるしだ。そして、選択がいつも間違いがちだから、恋の神は子供だといわれている。
シェイクスピア 「真夏の夜の夢Ⅰ1」
次曰く
マニュフェスト詐欺というのは、選挙のための政治家の方便ぐらいに考えてきたんだが、民主党の党員・サポータの本音だったとは、もっと僅差なら世論に流されてと言い逃れもできるが、ダブル・ダブルのスコア差ということは、馬脚を表すというか、なんというか、さすがにビックリだった。
それが本音だったのか……。もう、言い逃れはできんよ。
いやその前に、申しわけありませんでした。誤解しておりました。
まずは素直に謝ります、申しわけありません……。
結果というのは結果だけで考えるべきもので、言い訳したってはじまらない。国民との約束とはいってはみたものの、これが物証なのだから、それは守れなかったのではく『守らなかった』のであって、例えるなら、夜の働きに出るからと、子を『守らなかった』親に対しての感情と同じで、大いに同情すべきものを感じても、共感はできないってもので、消極的であろうと積極的であろうと、『守らない』ためにどうするかの言い逃れに聞こえる、批判のための原理主義批判など、ヘタレの言い訳に笑っちゃう。
わたしは、ひとさまの非難はしない。だから、誤解を謝る。
それはともかく、首相が主張する財源論からすると、増税ありきなら初めから計算が合うのだから、行財政改革なんか別にする必要もなければ、特別会計を仕分けるのも、それが時間のムダってもので、自民党がいう10%にとりあえず、今年度予算で民主党が必要とする3%を加えて、13%あたりで考えればいい。増税やむなしの風潮を受けて、民主党の党員・サポータが踏ん張り切れずに、つい本音がでたのなら、いきなり明日からとはいえなくとも、どこにも障害はなくなった。
これで財源問題も、めでたく一件落着。
財源があるのだから、政策の中身で議論する必要がない。これは大きい。
あとは、予算の分捕り合戦だけど、とりあえず野党は国会で、法案は全部反対して廃案にしておけば、国会運営を速やかに行う責任は、与党にあって野党にはないので、混乱させればさせるほど予算の分捕りができる、というか、10%の増税でお前らがやるな俺たちにやらせろというのが、そもそもの野党の主張なんだから、もともとを問うなら、そもそもが問われるわけで、協力するってことのほうがオカシな話だ。
それはそれで簡単明瞭、わかりやすといえば判りやすくて、これで、結論がみえているのなら、国会のドタバタも、ただのパフォーマンスという意味で気をもむ必要がなくなるし、ついでに、参議院選挙を負けた原因は、政策ではなくて政局で、ひらたくいえば、政治と金の問題だと、民主党の党員・サポータが、自他共に本音で認めちまったわけし、党首選挙で何かが解決したのではなく、逆に自己申告しちゃったわけで、そこだけを野党がつけば審議は長引き、審議不充分ということになれば、なにもしなくても全部廃案となって、国会運営上、どこにも苦労がなく難しいことじゃない。
よく考えてみれば、政治と金の問題をかかえた政治家が、内閣やら党務に関わるのなら、それこそ、党員・サポータに迷惑をかけることになるから、それを理由に無役である方が、日頃から仰っている信条に素直にしたがえば、選挙の結果を真摯に受け止め、彼らの期待には沿っているわけで、詐欺の共犯だとしても命までかける必要はないぜ、イジーにいこうぜってことで、要請があったとしても固辞するのが筋だろう。
だから、またもや一件落着。
こういう解決を望んだわけじゃなかったが、片付いたならもう済んでしまった話だ。
あるいは、政権担当能力がないというのは、予算に反対することではなく、予算さえ組めないことをいうのだから、政権担当能力を問われれば問題となる、反対のための反対とは、もともと、問われるべき最低限の政権担当能力を、今の野党はかつての与党で、すでに予算を組んだ実績という証拠があり、それで証明も済んでいて、ここを問うたところで見当はずれというものだ。
それより、詐欺師だとわかっていて詐欺師の言い分なるものを信じるひとは、たまにいるけど、ほとんどいなければ共犯者にもなっちまうので、同じ詐欺師なら政権運営に安定感があるほうが、よっぽどマシというものだから、そこは何でも反対全部反対しても、誰も困らない。
政権を批判するのは、言論の勤めだからね。
そういう結果をだしたのだから、あとは民主党が、ではなくて党員・サポータが責任を負うことなので、ありがとう、もうめんどくさいことは考えるのをやめて、おまかせてしまおう。マニュフェスト詐欺に比べれば、野党が対案を出さないことへ、理屈もたてられなければ責めたてる気力もないので、そんなささいなことは気にしなければいいことだ。
へ理屈なんて、いってみたところで、誰も動いてくれないからね。
この数年間というもの、誰も増税の責任を取れないから、政治は混迷をつづけていたのであって、わたしにしても、ない知恵を絞ってきたのだけれども、責任を取ると仰ってくれているんだから、胸のつかえが下りました。いずれにせよ、只の政治空白ではなく決着がついてよかったよ。
それはそれで、よろしくお願いします。
だから、お仕事、頑張ってね。
円高つづきの経済政策に、法人税減税をすると雇用が増えるらしい。
自動車や精密部品といった、いわゆる外需依存型の輸出産業は、このところの円高つづきで、収益が逼迫しているとされていて、法人税減税が今こそ求められていると、誰とは知らないが誰かが、そういうことをいうそうだ。そこはほら、エコカー補助金があったのは、その為だろ? 散々に儲けさせてもらっといて、雇用が増えたことなんてないのに、いまさら何いってんだい? という気もするが、雇用雇用雇用と三回唱えると、そういうことになるらしい。
よくは知らないのだから、偉そうなことも云えないのだけど、国内雇用の六割は、中小ですらない零細企業が占めていて、そういったところは税金を、法人税ではなく所得税で払っている、じゃないのかなあと考えれば、所得税減税ではないのだから、雇用増に直接むすびつく減税とは、国税のことではなく、地方税の事業所税とかのことを言っているのだろうかなんて、根が真面目なものだから、ますます悩んでしまうと、言いたいことは解かるけど、言っている意味がわからないのは、おそらく、わたしだけなのだろう。
正規雇用を減らさないのか、雇用の数を増やしたいのか、またもなんちゃってか。
減らさないとは引き算をしないという意味だから、例えば、4-1=3という計算なら、1を引かないということで、答えは4のままだと、わたしには思えるのだけれど、呪文の魔法がかかって、5とか6とかの答えになるらしいくて、そうやって雇用が増えれば、内需も拡大するような、そんな雇用があるってことのようだ。
もしかしたら、二次元の雇用なのかもしれない。
こんなお話を聞いて、小学校ですら習うことだからと、それをバカと呼んじゃいけないのは、もちろんだ。いま引き算ができなくても、大人になればできるようになることだし、大人になってもトップにまでなると、やっぱり、できなくなるようなことだから、世の中には、本気で二次元を愛しちまうオヤジもいるわけで、おそらく、大した事じゃないんだよ。
本気で魔法を信じたとしても、それが何か? ってことだな。
もちょっとよさげな円高対策が、あるような気がするけどね。
まあ、魔法も妄想も、似たようなものだがねぇ。
ピーンボールという言葉がある。
野球の専門用語で、投手の投げたボールが打者にあたりプレイが中断、そういうのは反則でしょということで、一塁への進塁が無条件で、打者に与えられてることをいい、大リーグなどでは、乱闘騒ぎのきっかけとなることもある、とても危険なあのプレイのことだ。
プレイが中断するとき、審判が大きな声で「デッドボール」と宣言することから、一般には、これはデッドボールというのだと誤解されているが、あくまでプレイの中断をデッドボールと宣言しているだけであって、この反則のことをデッドボールというのではない。
ピーンボールを、デッドボールというのは、ホントはウソだ。
こういった専門用語の一般的な誤解は、よくある話で、例えば、インターネットというのは、網の目のようにつながった通信技術のことであって、そこで使われる通信機器は、つないでいる途中が切れても自動的に複数の経路へと迂回ができるので、ひらたくいえば、おしゃべりが好きなので、文字や写真だけでなく動画やら音声やらをやりとりするとき、サービスが中断されることがないという結果から、ひとつひとつの通信機器の負担が軽く、その軽快さもあって、世界へと爆発的に普及したインフラのことをいう。
だけれども、一般には、この通信技術を使っている、そういったインフラを利用して、ゲームやら占いやら、ネット・ショッピングやら公共サービスとった、サイト・サービスを受けることを言うようになっちまった。
サイト・サービスを、インターネットというのは、ホントはウソだ。
皆にとって身近かどうかは知らないが、もっと身近なところでいえば、学校やら病院やら図書館という公共施設も、そういった機能をもった建物と、その場所のことであって、それによって受けられる市民サービスのことではない。
もしも、その建物やら場所が、子どもを預かってくれると考えているのだとすれは、それは、子どもにとりついて離さない、古い家屋敷の怪談話か、あなたの頭がイカレちまったとしかいえないのだし、建物が治療をしてくれるわけでも、場所が本を貸してくれるわけでもない。あくまでも、こういった市民サービスとは、そこで働く『ひと』によってなされているものだ。
考えてみれば、市民にとってのサービスの充実とは、それが身近にあって利用しやすいことと、そこで働くひとが親身になって適切に応じてくれることなのだから、公共施設が増えれば、身近にあって利用しやすくなるわけで、大変結構なことだけれど、そこで働くひとが、あなたを排除するなら、例えば「そんな、ややこしいことを言うような方には、利用していただかなくて結構です」というなら、市民サービスの充実とは呼べないのじゃなかろうか。
あれやこれやの施設の充実を、市民サービスの充実というのは、ホントはウソだ。
それでは、育児支援の充実に、保育園や託児所を増やすことは、ホントかウソなのか?
働く女性にとって、子どもを背中にしょって仕事をしているのでなければ、誰かがわが子を、それがパパでもババでも保育園や託児所でもいいんだが、働いている間は誰かが預かってくれているわけで、一方で、これから働こう、あるいは現場復帰しようと考えている女性にとって、子どもは居るんだから消えるわけがないので、わが子の首に手をかけて殺して埋めちまったのでなければ、どこかで誰かが預かってくれないかぎり、そもそも働きになんか出かけられない。
どうやら、育児支援の充実に、保育園や託児所を増やすことは、ホントっぽい。
ではでは、もしもわたしが、市民サービスの充実に、もっと橋やらドンネルやらを増やして、道路を「真っ直ぐ」にすることが、病院やら市役所やらへ1時間かかるところが30分で済むのなら、それが身近にあってより利用しやすいことと同じなのだから、市民サービスの充実といえるのだと主張したとして、なぜ、どこか胡散臭い感じがするんだろう。
橋やらトンネルを増やすことは、市民サービスの充実だ。ホントかウソなのか?
誰でもがわかるとおり、それは病院が身近になって行きやすいとしても、診療がたったの2分だけなんてんじゃ、医師が親身になって適切に応じてくれているとは考えにくいわけで、それを市民サービスの充実とはいえないなら、「橋やらトンネルが増えました、だから、市民サービスは充実しました」と主張する、「その『だから』が、わからん」ということになるだろう。
つまり、それが身近にあって利用しやすいことと、親身になって適切に応じてくれる、そこで働くひとがいることとは別だと、そこがより具体的な問題になればなるほど、経験できているから想像もしやすいというもので、『身近に』と『親切に』との違いがわかるから、ホントかウソかが判り易いんじゃなかろうか。
これを踏まえて、もう一度、育児支援の充実と保育園や託児所を増やすことの関係を、振り返って考えてみよう。ホントかウソなのか? それが問いかけで、どうやらそれはホントっぽい、というのが答えだった。それはそれとして、それでは、ここでいう『身近に』と『親切に』との違いは、何なのだろうか?
なんとなく、わかってきたかな?
本当の本音をいえば、職場に託児所があればいいんだけれど、あの満員電車の雑踏へ、わが子を連れてゆくとするなら、そこで守ってやれる感じがどこにもしないから、託児所は住まいの近くの『身近に』あった方がいい。だけれども、預けた先で汚い五月蝿いと、毎日ぶたれたり叩かれたりするようじゃ、子どものトラウマになっちまいそうな気がして、子育てにはきっとマイナスに違いない。とすれば、そこは『親切に』あつかって欲しい。
つまり、ここでいう『身近に』の目的は、働くことで、そしてもちろん、『親切に』の目的は、子どもの将来のためだ。いいかえると、保育園や託児所を増やすことは、より働くことを『身近に』する政策支援であって、一方で、保育園や託児所で『親切に』預かってくれるひとを増やすことは、『子どもの将来』のため、ひいては、子育てそのものの支援だといえる。
保育園や託児所を増やすことは、女性の勤労支援である。子育ての支援ではない。
女性の勤労支援は、働くおかあさんのためにやればいいので、それを子供たちの支援と呼ぶなら騙されている。
もしも政治家が、子育て支援といって、保育園や託児所を増やすなら、それは、橋やらトンネルやらを作っちまった政治家と同じように、ホントっぽいけどウソがある。やがて、国の借金が増えちまったんですからといって、それを理由に増税したとしても、ウソを見抜けなかった間抜けというだけで、騙された方が悪いとされてもしかたない。
今みている、鏡に映ったあなたの顔が、10年後、20年後になって、どこにいるのか知らないけれど、どこかにいるといわれてる、悪キャラの土建屋のオヤジたちのように、あなたこそがその悪キャラになっている。それを、わたしは関係ないんですと、言い逃れができるとでも思っているのだろうか。
あなたがやったことだ、関係ないとは言わせない。
世の中には、男と女としかいないのだから、もちろん中間っていうのもあるわけだけれど、それはそれとして、これが区別になってもいいのだけれど、それが差別になってはいけない。そういう意味で、子どもを預けることが、女性の働く障壁になるのなら、それは取り除かなきゃ、公平な社会とはいえない。
だとすれば、騙されたフリをするならそれでもいいが、それは今、そこらへんにゴロゴロしているダメ・オヤジのように、ホントウになりたいの? 望んでいる未来は、もっと違うところなのじゃないのと、聞いてみたいんだな。
あなたの今のその顔を、鏡で、よく見てごらんといっている。
その良し悪しは別にして、それが悪キャラの顔だ。
増税を唱え現物支給なんて政策は、デッドボールみたいなものなんだよ。
たしかに、ちょっとイタそうだな。
なんたって初球から、いきなりデッドボールだったからね。
理屈なんて破たんしてくれた方が、書くことがいっぱいできて楽しいんだけれど、今回もそういう話。
夏の残暑が厳しいなか、このクソ暑いのが誰のせいでもないのと同じく、民主党の代表選挙は、党の代表を選ぶというより、首相を選ぶという意味で、まるで大統領の中間選挙のような間接型選挙になっていて、誰のせいでもないのに盛り上がる、盛り上がる。
例えば、話の辻褄が何であったのかは忘れてしまったが、「財源ごと地方へわたすため」という文脈のなかで、今年度予算では、国土交通省の一般会計における公共事業費3.1兆円のうち、2.4兆円が『社会整備総合交付金』となっていて、これこそが「政治主導によって実現した、一括交付金だ」と、首相が胸をはった。
以前から、どれこそが? と疑問に思っていた一括交付金の「お話」だ。
なぜなら、地方から見ると、それこそが名前が変わっただけの『補助金』であって、かつてのように、中央官庁がメニューもコンテンツも決めてしまえば、未だに相変わらず政府が「箇所づけ」さえもしているからなのだけど、そんなこんながあって、それは「ひもつき補助金であって、一括交付金ではない」じゃないですか? と云う話になったとき、より具体的に、「では今年から、一括交付金でやるんですか?」と問われて、さも当たり前だとでもいうように「党の方針なのですから、当然やるわけです」と、首相は答えた。
首相は、今年度の『社会整備総合交付金』は、使途目的を限定せず『箇所づけ』もしないと、公言した。
言った事だけを、聞いたことにするなら、そういうことだが、この方の場合は、言外の気持も斟酌しなといけないし、むしろ後から、そちらのほうが強くなってきちゃうので、発言のうしろに「なんちゃってね」をつけないといけないのだから、「ですよっねぇ~」と応じなきゃいけないってあたりが、ちょっとややこしいのだけど、簡単にいえばそういう発言だ。
ここでいう『社会整備総合交付金』とは、国土交通省が所管する『特別会計』のひとつで、港湾や架橋、鉄道や道路の整備といった、広い意味での土木建設工事に「使途目的を限定」して、地方へと交付されるもので、いわゆる、ガソリン税の暫定税率部分を財源とし、さらに、そこで不足する分を、一般会計から、毎年3兆円規模で補填されている事業だ。
つまり、一般会計からみると、不足分の補填であって、特別会計が決算になってみないと、何に使ったのかという目的はわからないので、それは予算の段階では決められておらず、ただ金を出す準備をしているだけの枠組みなのだから、初めから「ひも」なんかついていなくて、できることは『箇所づけ』ぐらいなものだった。
そんなこんなで、官僚の側からみれば、政治からの『箇所づけ』という、「ひも」のついた交付金事業で、一方、地方からみれば、国と地方の負担割り合いも決まっていれば、もちろん、使途目的も限定されていて、道路や橋の規格も定められているし、事業内容もあらかじめ細かくメニュー化されているという意味で、「ひも」つき補助金そのものだ。
どちらの側に立つのかという見かたが変われば、ここでいう「ひも」の意味が違ってくるというわけだね。
したがって、前後の「財源ごと地方へわたすため」という議論からすれば、当然、地方からみれば、『特別会計』のひとつである『社会整備総合交付金』を廃止して、そこまでゆかなくとも、少なくは暫定税率部分を全て地方へ交付することになるんだが、もし仮に、そこのところが「なんちゃって」であったとしても、その『箇所づけ』は、政府という行政では行なわないと公言したのだから、それは国会で行なう方針を示されたと、いえないこともないわけだ。
もともと、民主党には、予算における『箇所づけ』は、政治主導ではなく「政治家主導だ」という意見があって、いつも首相もいわれている事だから、さらっと聞けば聞き流してしまうけど、かなり思い切った首相の方針転換だと考えていい。それがまた、なんだか突然でてきたような気もするし、思い返してみれば、前から言っていたことのような気がするから、どこか不思議だ。
しかも話は、今年度予算なのだから、すでに概算に出てきているわけで、いったことがホントなのかウソなのか、検証する必要がない。可能性ではなくて、結果だけをみればいいから、具体的という意味でこれ以上具体的な話はない。
なるほどな、そういうことかあ。
しかし、そう方針転換になっちまうと、猛烈に官僚は反発するだろうし、国会へまかせるなんてことになれば、閣僚からも「国会答弁を、乗り切れない」と、不平不満の嵐だろうが、主張する内容の議論が深まり、オンチなのかウンチなのか、知って知らずかは別にして、より具体的に見えてくるというのは良い事だな。
また「なんちゃってね」ってことで、やっぱり「ひもつき補助金」ですよっねぇ~と、
理屈なんて破たんしてくれた方が、議論がかみ合ってくるから、
それはそれで楽しみ、なんだけどね。
今の首相の「もともと」は、ずっと昔のさらに昔にまで、思想的な直系だけをさかのぼってゆくと、「イタリア共産党宣言」へたどり着くというのは、誰でもが知っている公然のタブーで、政治的・政策的な原点は、そこにある。
という意味で、総理大臣となってから、急に主張しはじめた「もともと」というのが、ずっと気になってきたし、時には反発もあるのだが、最近明らかになったところによると、そこまでということではなくて、どうやら「もともと」っていうのは、政治家としての初心のことで、「ロッキード事件」にあるらしい。
良くも悪くも、管総理と「ロッキード事件」と、その関係は全くない。ただの傍観者だ。
ということは、関係者の誰かに、自分の姿を重ね合わせているわけで、こういった文学の手法を内包といい、「講釈師、見てきたような嘘をつき」ともいうらしが、そんなことなんか、おそらく知らないだろうから、これが彼独特の『具体的』というやつで、ひとつの「お話」を、事例として取上げたと考えて間違いない。
ちょおとぉ、奥さん聞いてよ。こないだ、大変な目にあったのよ。ってね。
ロッキード事件とは、航空機製造大手のロッキード社が、合衆国の発言力の大きさを巧みにつかって、他国での旅客機の受注をめぐり繰り広げた、世界的にも大規模な汚職事件のことで、1976年2月に明るみに出てから、やがて、合衆国だけでなく、オランダ、ヨルダン、メキシコなど多くの国々の政財界を巻き込んでゆくのだが、日本もその例外ではなく、いわゆる「総理の犯罪」の異名で語られた汚職事件として知られる。
この関係者の誰と、ご自身を重ね合わせたのだろうか?
公人という意味でも、歴史的な観点からも、敬称を省かせてもらうことにして、ロッキード事件「全日空ルート」の中心人物、佐藤孝行は、自民党の実力者、河野一郎のもとで秘書を経て政界入りし、いわゆる「航空族」の族議員として、やがて知られるようになったのだが、この事件で有罪判決が確定した後も、元首相、中曽根康弘の意のもと、無所属ながら腹心として働き、宮沢内閣では、党三役の総務会長として、政治的な復権をはたした人物で、その経歴と「悪代官」と呼ばれる表情から、マスコミからは、政治改革をつぶす守旧派のシンボルとさたれ政治家だ。
この人、とにかく羽田派と仲が悪かった。
自民党竹下派から分裂してできた羽田派を、「金丸さんの下でぬくぬく育ってきた人たちが、政治改革を掲げるのはお門違い」と切り捨て、その後も「真の政治改革は、金丸事件に見られるような政治と金のつながりを断ち切ることであり、選挙制度を変えることではない」と主張し、小選挙区制導入を目論む、小沢一郎らを厳しく批判した。
さらには、「悪いのは田中角栄であって、おれは巻き込まれただけだ」と、一貫して無罪を主張し、それでもロッキード事件で逮捕されて以来は、当時の首相で同事件の究明に尽力した、三木武夫とは犬猿の仲だとされ、そんなこんなで、反小沢の急先鋒となって以降は、「佐藤孝行と仲の悪い政治家は、一に小沢一郎、二に三木武夫」とまでいわれるほどだった。
ロッキード事件に巻き込まれた人間は、良くも悪くも、それと向き合って政治に関わりつづけている。よくは知らないが、関係者で唯一、無関係を貫き通していたのは、この方だけだ。今ならさしずめ、「真の政治改革は、政治と金のつながりを断ち切ることであり、予算編成を変えることなどではない」と、いっていることだろう。首相がいいたかったことも、そこいらあたりにあると、斟酌することができそうだ。
鳩山政権での、あれやらこれやらは、わたしは関係がない。
子ども手当も、普天間も、高速道路の無料化も、八ッ場でさえも、
副首相などお飾りで、小鳩のやったことに、巻き込まれただけだ。
心の底から本当に、それだけが言いたいんだね。
政策なんかどうでもいい、わたしには関係がないと、実に力強い。
間違っちゃいけないが、これが首相の市民感覚そのものであり、問題の提起はするが、解決するのは誰かが勝手にやるべきことで、もちろん、それは当事者能力が欠けているのではなくて、むしろ、当事者であってはいけないという信条だ。行政なんて瑣末だと思えることは、官僚にまかせておけばいいわけだ。
首相が、それ? とか、関係ない党の代表を、なぜやってんの? などと決して思ってはいけない。それこそが、彼の曲がらない具体的な政策である。気がつきさえすれば、言動一致でブレずに整合性とれていて、わかりやすい。
当事者であってはいけない。わたしには関係ない。
風貌やらマスコミ受けからすると、むしろ逆のような気もするが、鼻のあたりがなんとなくと云えないこともないから、当事者らしからぬ発言を繰り返し、昨年の衆議院選挙でかかげた、マニュフェストを全否定したかと思えば、なにより、自民党の総裁かよと思わせるような、消費税増税に積極的で、経済より財政を重視していたあたりも、なるほどなあとうなずけるキャラだ。
おれには関係ないんだよ、だから首相をやらせろよ。
なるほどなあ。わかる、わかる。
そう、民主党政権と、管さん、関係ないんだよ。
首相は、記者からの「辺野古崎への普天間基地の移設問題で、合衆国との日米合意を踏まえて、沖縄への負担軽減策とは、具体的にはどういうことか」と問われて、ちがう言葉でふたたび質問を繰り返しながら、話しを長びかせた後で、「わたしなりに、いろいろやってる」と締めくくってみせたり、「今後の国会運営について、その先行きを鑑みて、どうやって乗り切ってゆくつもりか」と問われても、かつて金融国会では、真摯に応して政局になどせずに、野党が共闘し「与党に丸呑みにさせた」ことを引き合いに出すと、どうやあ顔で、相手の質問には直接、相変わらず何も答えない。
参議院選挙のマニフェストは、信を問われて不信任という結果がでたが、それも首相からすると「国民に信を問う(かもしれないよ、なんちゃってね)」と、言外に込められた思いの方が強かったらしいので、口では問うたが気持では問うてはおらず、問うてもいないものを、正確にいえば結果がでたわけではない事になるらしくて、あくまでも参議院選挙に負けたのは、政治とカネの問題であって、急回復した内閣支持率が高かったからではない、ということになっている。
ということは、内閣支持率なんか、信じちゃいないわけで、なるほど、これから政権が本格化するのだし、立派な心がけともいえるんだけれど、そういうことを、あれこれ踏まえると、云わなかったことは聞かなかったことに、しないといけないわけだから、あれだけのやりとりから記事にするなら、2,000字なり3,000字なり埋めるのだとしても、無いこと無いこと書かないと、おそらく埋めようがないだろうなと、質問した相手の記者へ、ちょっと同情してしまった。
言質をとられないという意味では立派なものだが、「その『いろいろ』を聞いているんだよ!」だとか、「野党へ丸呑みにさせて、乗り切るってこと?」とか、具体的なことを相手にしない、その胸中を斟酌するのも、公然のタブーというもので、あることだけ書いてたんじゃ、三回繰り返した雇用雇用雇用と、文字を大きくしても、3行余りで終わっちまう。
それで、三くだり半なんてのは、笑い話にもならん。
云うのは「クリーンな民主党」というだけで、相変わらず、なにも直接答えないけれど、ようよう話を聞く内に、代表選に出たがっていたあたりの、事情が斟酌されてきて、わかったような気がするから不思議というもので、何度も繰り返していた「首相に相応しい」と「政治がカネに左右される」と「国民から党員・サポータへ」という言葉から、政策やら経済情勢やらはさておいて、要するに「政治が左右されるような、カネにまつわりるものは、公職にふさわしくない」と、ともかくそれが言いたくて、選ばれるべきは私だ「国民の皆さん、党員・サポータに圧力をかけて下さい」と、それだけは何だか、わかりやすく伝わってきた。
政策ではなく、総理の資質で選べ。ですよねぇ。
訴えているのは、国民へ向けてである。ですよねぇ。
とはいうものの、土地購入はダメだけど家賃ならOKだとか、ママから息子へはダメだけど、父親から息子へはOKだとか、ありそうでなさそうな線引きが言えるはずもないので、もちろん、起訴されたわけじゃない、そういう疑いがあるというだけだで、カネにまつわるというのは、起訴されたかどうかではなく、疑いがあるかどうかだとすれば、ここでいう公職には、官房長官とか、やっぱり幹事長とか首相とか、例外があるのねという意味で、案外、両方で意見がかみ合ってみたりする。
疑いだけで問題はなく、偉いんだから充分シロだ。ですよッねぇ~。
クリーンな政治というよりも、「ほら、信号は赤じゃない。みんなで渡れば怖くない」という、オール・グリーンな政治の間違いだろうなと、首相の胸中を斟酌するのも、公然のタブーというもので、オール・グリーン・サイドと、悪キャラ・サイドで、どっちもイやだなあと思ってみても、始まっちまったものはしょうがない。
もっとも、選挙とは無関係に、首相官邸で居座ってよいなら、誰もが占拠してもいいことになるのだから、それは国民だろうが愚衆だろうが大衆だろうが、もちろん首相だろうが不法占拠としかいわないわけで、政権公約を実施する気がないなら、政権であることに、大好きな「そもそも」の理由がない。
そういったわけで、政権公約は消えてしまったのではなく、財源がないのだということにしてみると、オール・グリーン・サイドは、「無い袖は振れないんだから、財源は(できれば)、増税ありき(なんちゃってね)」が、新たな『公約(でないと、今年度の予算が組めずに困るけど、やっぱり無理ですよね、なんちゃって)』だろうし、悪キャラ・サイドは、「政権公約のほぼ全てが、すでに地方でやっていることの増額なのだから、財源ごと地方へ移せば解決さ」ということになるらしい。
政権公約と財源の両面を、どのように具体的にとらえるのかが、唯一の、両陣営の明解な対立軸だと思ってきたが、最終的には好むか好まざるかは別にして、地方議員も党員・サポータもまきこんで、この選挙で、その関係が決着することになるわけで、それこそが国会議員だけではない『挙党一致体制』といえる。
ところが、オール・グリーン・サイドが訴えかけているのは、国民へ向けてであるのだから、国民という『抽象的な概念』と、地方議員や党員・サポータという『具体的なひと』との関係を、明解なひとつの対立軸として、新たにもちこんでいるわけで、理屈の上からは、そこには地方議員も党員・サポータも含まれてはおらず、大衆・愚衆と呼ぶことはあっても、党員・サポータが国民とはいっていない。
党員・サポータは、国民ではない。ですよねぇ~。
結局、地方議員も、大衆・愚衆だ。ですよねぇ~。
この三ヶ月間ずっと続いてきた、この首相の態度に、カチンとくるのか、ですよねぇと思うのか判らないが、新成長戦略には、あれほど力をこめて雇用雇用雇用と三回繰り返した、創出される雇用の、具体的な規模がスッポリ抜けているだとか、参議院選挙のマニフェストには、具体的な財源の額が、スッポリ抜け落ちてしまっただとか、どこか『具体的』が大嫌いという、二次元好きのオタのようなところが、やっぱり気になってしまう。
好きな相手は、抽象的な二次元だ。ですよッねぇ~。
今回のように、じっくり落ち着いて話を聞いてみれば、首相の『具体的』の意味からが違っていることに、あらためて気づかされる。オール・グリーン・サイドがいう『具体的』というのは、例えを、ひとつふたつ上げるとか、ケース・スタディをやってみるとかいった、理解を深めるためのワークショップのような、『具体的』っぽさのことで、相手にしている対象は、あくまでも抽象的なままなので、例えるなら、「ネジ穴とは、必ずネジが入るもの」という「お話」が、誰かの体験談なら『具体的』になるわけだ。
一方で、わたしが考える『具体的』というのは、相手にしている対象を抽象的なままにせず、良し悪しは別にして『ものさし』を決たら、相手を測って大きさ長さを把握することで、例えば、針先のような小さなネジ穴に、30kgもあるようなネジは入らないとか、『具体的』に捉えて、抽象的な考えを排除することをさし、そんなこんなで、経済についても「景気とはマインドではない、カネが左右へと動く規模だ」と考えるあたりに、つながっている。
具体的に! と問われ、そこで首相は、雇用雇用雇用と三回唱えた。
ですよッねぇ~。
民○党の代表選挙が、近づいてくる。
数日前までは、三人ぐらいで競り合うのかなと予想していたんだが、どうやら1対1のガチンコ勝負になるらしい。
参議院選挙が終わった後、さすがに表は違うけど、カメラが廻っていないところでは、満面の笑みを浮かべる上機嫌で、選挙に負けたなんて露ひとつも思っていない、そんな代表の様子を伝え聞くと、こりゃいかんな、あちらこちらで揉めるだろうなと思っていたら、ケジメのつけかたぐらいだと、幹事長が党務を引いても閣僚で処遇するとか、いくらでもあったはずなのに、妙に高いプライドがじゃまをしたのか、そんなこんなは全部拒否で、究極のKYというのか、ひとに気をつかうところが、ちっともない。
ご自身の言いたいことだけ言い放って、ひとの話を頭から何も聞いていないのは、いつものことだとしても、こういうのは、なぜか誰からも嫌われるときのパターンで、時がたてばたつほど、人間関係をグシャグシャにするものだ。
あのとき、ふと言葉が『殿のご乱心』と、脳裏をよぎる。
だからかどうか知らないが、やっぱりというかなんというか、仮にも、そして伝書鳩のようだとしても、腐っても首相経験者が、党内融和に乗り出してきたというのに、相手が何をいっているか理解すらできずに、最後通牒のつもりを読み取れないから、その顔に思いっきり、これまた真正面から泥までぬっちまう。
あらあら、つくらなくてもいい敵までつくるのかよ。
代表選に出るなと云われたんだ、腹芸という言葉を知らないのか。
あっちでグシャグシャにした後に、子どものお遣い扱いで、こっちに泥まで投げつけてボロボロにするなんて、また『ご乱心』と、言葉が浮かんでは消えるが、そんなこんなで、一番の味方まで裏切って、この首相が、何をしたいのかだけは、参議院選挙のときからはっきりしていて、消費税増税を前提にした歳入の再建なんだから、歳出を減らせるわけがなく、それで官僚組織がスリムになるとは思えないから、きっとまた逆に焼け太りさせる。
だからその、出ている脂肪から減らせよと云うのに、未だにこれだ。
まあ、それはそれでいいんだ。
総理なんかいなくても、官僚がいれば、日本は回ってゆくんだしね。
というのも、この8月は特別会計の最終的な決算月で、来年度の会計勘定の枠が決まっちまう大切な時期だから、11月から特別会計を仕分けているようじゃ、再来年度にならないと、仕分けた結果が政策に反映できないという事情があって、そういう意味からすると、官僚たちにとっては、首相が党の代表の選挙にかまけてくれていた方が万々歳というもので、その思惑どおりというか筋書きどおりというか、これで官僚の裁量枠は、二年は安泰ということになる。
こういうことは、誰だって知っていることだから、だとすれば首相は黙認ということか、これじゃいかんな、なんとかならんのかと心配していたのだが、どうやら、そういう話にも耳を傾けてもらえそうになく、ひとの話を頭から、何も聞いていないことだけ善くわかった。
ここまできたなら、ガチンコで白黒つけりゃいいんだ。
世論調査ではわかならい、党員サポータの参院選挙でくらった不平不満が、どのくらい鬱積しているか、良くも悪くも、はっきりするからな。
それにしても、そうなったらそうなったで、きっとまた訳のわからない、あいつが裏切ったのこいつが悪いのと、また言い逃れを始めるんだろうなあ、このひとは……。かつて、弘法大師の足跡を訪ね歩き、いったい何を学んだのだろう、困ったもんだ。
さてはて、この先、どうなることやら。
円高が止まらない。
成りゆきも、よくわからん。デフレだからなんてのは、円がダブついていて、だから、円が上がるというのもオカシな話で、まったくさっぱり、なおわからん。
まあ、日本全体でみれば景気は、あきれるぐらいに低調で、例え為替が、100円/ドルであってもおかしくないぐらいなんだけれども、『東京』という地域だけに注目すれば景気は、どこかタガが外れたように絶好調で、猛暑景気が煽っているのか、上海バブルが飛び火しただけなのか、その理由すらわからない盛り上がりかたをしているものだから、そんな偏った情報に限って飛び交うものらしく、80円/ドルを目指していても不思議はないのかもしれない。
今日は80円をめざし、明日は100円を割ると。
さっぱりわからないけど、なんだか迷惑な話だ。
とはいうものの、欧米が行なっている金融の量的緩和策は、通貨を担保に、未来へ借金しているのだから、欧米の通貨は下がって当たり前というもので、この夏ぐらいを目処に総量規制をかけ始めないと、各国の財政赤字は膨らむばかりで、なにもいい事なんかないはずなのに、何度も先送りをされてきていて、まったくそれこそ、その気配さえなく、ユーロ&ドル安の基調は変わりそうにない。
ということは、仮に日本が、円高を止めようと為替介入しようものなら、そんなこんなで、相対的に欧米は、さらに通貨を下げないとやっていけなくなるので、負のスパイラルが始まってしまい、手がつけられなくなるのかもしれず、国際的な政策協調という面でみれば、やっぱり、それも迷惑なことだろう。
ところで、俗にミセス・ワタナベと呼ばれる、個人の台所投資家たちが、為替じゃなくて「ラブFX」よと、まるで訳のわからんことをいいながら、全体で9兆円を越える資産運用をしているという現実を考えれば、三ヶ月に一度の頻度で、90円~85円/ドルぐらいの変動差は、近頃の『台所事情』の程度といえると思っている。
だってバーゲンの季節なんですもの、ってことだね。
だから、一言に為替介入といっても、なにも台所事情におつきあいする必要もないわけで、仮にやるなら、それを倍する18兆円規模で介入しなければいけないことになるのだとすれば、それこそ、文字どおりのバラ撒きじゃん? その財源は? と、政府の為替介入を唱える経済通たちへ、聞いてみたいと思っているのは、私だけなのだろうか。
というか、83円/ドルを超えてくると、さすがにシビレルとはいうものの、介入した後のカネは、その先どうなるの? ってあたりを、誰かわかるように説明してもらえないものだろうか。戻ってくることのない、バラ撒くだけのカネと、どこが違うのか、台所投資家が、まるでゲリラのように跋扈する現状にあって、違いが全くわからない。
ゲリラへ宣戦布告してから……、何がしたいの?
無慈悲なのかもしれないが、もうすでに株価も為替も、どうせ経済指標じゃないのだし、夏場ともなると、切ったの括ったのと、どうも話がホラーっぽくなるが、また円高を理由に、派遣の首切りが始まるのだろうかだとか、あるいは、もうけたい奴が為替で儲けて、損をしたなら首でも括るのだろうか、とも考えていて、そこはなにかと心配だ。
しかし、そんな為替介入するようなカネがあるなら、そもそも、消費税増税なんて話にならなかったはずで、さらに、よく考えてみれば、そういったホラーな事態の人たちを、生活保護へ大盤振る舞いしたところで、2兆円もかからんのじゃなかろうかと思えば、カネのつかい方からして間違っているんじゃないのか、という気がしないでもないわけだ。
確かに、学校で習うことは、円が上がれば為替介入かも知れないけどさ、現実の規模を考えろよってことで、理屈はあってるけど規模がわかってないのを、文学的な妄想だと呼ぶのだとすれば、日本単独での為替介入なんてのは、ファンタジーとしか呼ばない。
どうも今の内閣は、ここいらあたりがよくわからん。どちらにも手をつけず、なぜか最近、総理だけ元気なのだそうで、もちろん9月の党代表選という、台所事情のためらしい。
こういうのは当然、仕分けてもらえるんでしょうな。
という話でした。
次の時代を築くのだと、どこか心の底では思っちゃいない人間は、まず出来ない理由を考える。本気で考えている人間は、口先だけでなく、できることから考える。今回は、そういう話。
誰も見たことのないような、新しい技術は、性能やら安全性やらのテストを、どうやってやればいいのか。考えてみた事はあるだろうか?
例えば、まだ製品がでていない次世代の携帯では、まず道具として、パソコン上に開発キットなるものを構築し、あたかも次世代携帯であるかのような、動作環境を準備してから、そこで動くプログラムを作りあげ、あらかたの問題点を解決した後、実機テストを、製品がでてから短期間で済ませれるようにしている。
新しい技術とは、古い体験の上に成り立っている。技術が複雑に絡み合ってくれば、なおさら、そこでの実績こそが、新しいものの性能と安全を支えている。作るたのには、道具から造り、何事も、ぶっつけ本番ではやらない。それが、新しい技術を未来へむけて、築こうとするものたちの基本だ。
では、それが電気自動車なら、どうだろう?
誰でもが指摘していて、誰でもが口にすることは、電気自動車は電池で動くので、これが高価で重量も重く、長距離移動に向かないから、エコを理由にするだけでなく、電気自動車であることの経済的なメリットと、長距離移動のための社会インフラの整備とが、ガソリン車から電気自動車への転換には、必要不可欠だとされている。
言いかえれば、電気自動車でなければ困るような圧力を、社会全体でかけることができて、いかに早急に、そういう制度を築き上げていけるかが、普及の鍵だとされている。
ところが、お勉強ができる輩とは、官僚ぽくて、そこまでしか言えない。
電気自動車が走りまわり、かつ、安全で性能が良い社会インフラなんてのは、誰も見たことのないような、新しい仕組みなので、少なくとも、そういった社会インフラがどういう制度で、どういった姿をしているのか、教科書にも参考書にも載ってないので、学校の先生さえ、傾向と対策を教えてくれないからだ。
習ってないから解らない、素直といえば素直ともいえる。
わたしは、言うこと為すこと矛盾するコメンテーターとは違い、本気で、ガソリン自動車から、電気自動車へのシフトを望んでいる。そのためには、全ての道路が、電気自動車しか走れない社会にするというのが近道だけれど、それは逆に対立を煽るだけで解決にはならないとも知っていて、それならば、「高速道路に限って」そうすればいいのではないかと考えている。
電気自動車の高速道路無料化。それが普及の鍵だ。
無料であるという経済的なメリットと、長距離移動の多い高速道路へ集中的に、充電スタンドというインフラを整備すれば、短期にしかも税負担も少なく、電気自動車の普及に拍車がかかると考えてきた。
なぜなら、こんな狭い国土に、地球を一周しても余りあるような、総延長距離の長い高速道路がすでに存在している国など、そうザラにないので、フリーウエイの充実した欧米ではできないことだけれども、日本でなら充分に制度圧力になりうるからだ。
では、明日からでもすぐにそうすればいいかというと、それは文学的な妄想でしかない。わたしは、同じ妄想なら、どちらかといえば工学的な妄想の方が好きなので、無料化された高速道路が、近隣の一般道路や社会へと及ぼす影響というのを、一度きちんと、今の世の中の皆で試してみて、数値で捉えておくのが先だろうとと思いつづけてきた。
何事も、ぶっつけ本番ではやらない。石橋を渡るには、叩いてからでも遅くない。
今の高速道路システムで、電気自動車が無料化されたとして、性能と安全性との面で、どのくらいまでそれが普及しても耐えられうるのか? それはたとえガソリン自動車であっても、高速道路を一度無料化してみないことにはわからないことだし、なぜ無料化するのが電気自動車だけなのか、エコカーではダメなのかさえ、高速道路網が無料化されるという体験を、社会がしてみなければ、その意味すら、メリットとデメリットのバランスさえ、実感として思い至ることができないにちがいない。
こういうことを、ひとつひとつこなしてゆく事が、遠回りのようでいて最も近道で、それは、あなたにとって小さな一歩かもしれないが、もしかすると、世界の大きな一歩になるってものだし、だから、やろうと思えば月にだって行けちゃうのだ。
次の時代を築くのだと、舌先だけでいうコメンテーターは、本気で次の世代のことなんか考えちゃいないから、こんな馬鹿バカしいほど当たり前なことすら気づきゃしないで、大阪と東京間で、新幹線とガソリン車とでは、どちらがエコかなんていいだす始末で、彼らは、舌先だけでエコを訴えているから、ホントいえば心の底では、今が良ければそれでいいだけなのじゃなかろうか。あるいは、なんでもかんでも政治の色眼鏡でみれば、なにか偉くなったような気がして、気分が良いだけなのかもしれない。
新らたな時代を切り開き、それを次の世代に、資産として残したい。
それくらいは、バカ親父でも、考えるものさ。
人生とは、楽しむために生きるものです。
そこで、Aさんはカネ貸しからお金を借りて、我が家を建てました。だから、毎日働いて借金を返しますが、給料の内で女遊びをし、酒をのむのも、人生の楽しみというもので、予定より借金を完済するまで日数がかりそうになってきたので、妻はパートにでかけるようになりました。
いっしょに住んでいるのだから、当然といえば当然ですが、肩がイタイの腰がイタイのとカワユク、不平をもらす妻をなだめているうちに、やっぱり受益者負担というもので、また子どもが出来ちまいました。
ますます、借金が返せそうにありませんが、そうはいったものの、根がまじめなAさんは、借りたカネを踏み倒すつもりもなかったですし、信仰上の理由から中絶にも消極的なので、いつもの言いたいことだけ言っちまう家族会議を開き、上の子どもたちには進学を諦めてもらいました。そんなこんなで、産まれたばかりの赤子は、無邪気な笑顔で微笑んでくれていますが、息子や娘からは、バカ親父扱いです。
やれやれ。
新たな子育てとパートに、目が廻るような日々を送る妻は、不平をいう暇もなくなり、家庭は、外から見れば幸せそうで平穏そのものです。ですが、進学を諦めた上の息子や娘は、なぜか人生さえ諦めちまってニートですから、家でブラブラしています。だから、家の中は辛気臭いもので、景気が良くありません。
おやおや。
そこで、景気をよくするためにAさんは、女遊びで培った人脈を生かして、おねぃちゃんたちを自宅に呼びドンチャン騒ぎ。おかげで、自宅は見違えるように、毎日がゴージャスで、そうこうしているうちに息子が、すっかりおねぃちゃんたちと意気投合した、いわゆる貧乏人の道楽息子というやつで、いつのまにか、自宅の一階だけ改装してスナックを、今はクラブ・パブというらしいのですが、そういうものを始めちまいました。
お金というのは不思議なもので、無職も主婦も借してもらえないそうなので、改装費用はAさんが借りたことになっていて、ところが、店はなぜかだか株式会社で、バカ親父は抜きっていうのもあって、本当のところ、妻のほうが筆頭株主です。
あらあら。
やがてなんとか、借金は完済することができました。
しかし、人生とは、楽しむために生きるものです。
自宅がクラブ・パブとなったせいで、新たに増えた借金のために、あいかわらず妻はパートに出かけてゆきます。肩がイタイの腰がイタイのとカワユク、言っていたのも遠い昔で、今や慢性化したあちこちのコリに、身体はガタガタです。
Aさんも、毎日のように仕事帰りは、息子がやっている店の片隅で、仲間とビールを飲んじゃ、娘のDJに合わせて、小さなステップで踊る日々です。そんなこんなで、J-POPとヒップ・ホップと、ポンプ・ヒップがすっかりお気に入りになっちまいました。
ただ、Aさんとしては、まだ息子が店を続けてゆくのなら、店舗として家賃を払ってくれないのは、どうしてだろう? という疑問があって、そうなれば、妻もパートに出てゆかなくて済むだろうし、ついでに、もともと金を借りれたのはバカ親父のおかげなのだから、毎日のテーブル・チャージ代ぐらいは、タダにならないかなあと、ささやかな願いをもっています。
この我が家は、Aさんの借金が元となって、建てたものです。
息子のものではありません。
でも、息子は鼻で笑って相手にしてくれません。店が赤字だからです。また、厨房の片隅で行なわれた、臨時の株主総会によると、テーブル・チャージ代の無償化には、Aさんが妻へ「お願ぃ」をしなければならず、なぜだかその代わりとして妻から、海外旅行をせがまれています。
はて? と、その意味さえ、さっぱりわからず、やっぱり、バカ親父だから、なんだろうかなあと悩んでいます。
なぜ、こうなっちまったのだろう……。
というわけで、クラブ・パブ通いに「定年しても、働かんとなぁ」と思っています。
なんたって、人生とは、楽しむために生きるものですから……。
さて突然ですが、今回、この『舞台』の配役が決まりました。
Aさん ……国民
その妻 ……今の国土交○省
その息子……道○公団(○速道路会社)
配役に合わせてちょっとだけ、台本を手直してみましょう。
では、スタートです。
国民は、国際銀行からお金を借りて、高速道路をつくりました。もちろん、国の借金です。毎年借金は、税金から返しますが、建設国債を発行して、民間からも資金を集め、道○公団やら公益法人やらをつくるのも、経済波及効果というもので、予定より借金を完済するまで年数が必要との試算がでてきたので、当時、今の国土交○省によって、できあがった高速道路は有料、ということが決まりました。
官僚や政治家といっても国民なのですから、当然といえば当然ですが、財源不足に不平をもらす国土○通省をなだめているうちに、やっぱり受益者負担というもので、新たな財源として、いわゆるガソリン税の導入もはじめ、今後も高速道路は、全国くまなく一律的に、建設は続けられ増えてゆくことになりました。こうして、道○公団は、かつての体制が出来上がっちまいました。
ますます、国の借金が返せそうにありませんが、そうはいったものの、根がまじめな国民は、国際銀行から借りたカネを踏み倒すつもりもなかったですし、信仰上の理由から政策の中絶にも消極的なので、あの『鍵っ子』の子ともたちを対象に、公共教育の有償化を受け入れてもらいました。なかには、進学を諦める子供たちもでてきて、社会問題となりましたが、そんなこんなで、生まれたばかりの東名・阪神高速の赤字は、無邪気な笑顔で微笑んでくれていますが、ませたガキから大人たちは、バカ親父扱いです。
やれやれ。
新たな高速道路の建設と、有料化している高速道路の運営とで、国土○通省は、不平をいう暇もなくなり、日本は、諸外国から見れば幸せそうで平穏そのものですが、一般世帯の教育費の負担割合が増え、なぜか人生を諦めちまった若者たちが織りなす、『シラケ』ムードがいっぱいの社会は、辛気臭いもので、景気が良くありません。
おやおや。
そこで、景気を良くするために、高速道路建設で培った高い技術力とノウハウを生かし、赤字国債の発行によって、橋やら道路やらの公共工事を増やしたところ、世の中は高度経済成長期につづく第二次建設ラッシュにドンチャン騒ぎ。おかげで、港湾から上下水道を含む、道路交通網の整備が進み、国土は見違えるようにゴージャスとなりました。
そうこうしているうちに、あの『鍵っ子』の子ともたちが責任ある立場となると、国土○通省やら、本人によれば作家だという副知事の勧めもあって、いつのまにか、国有だった道○公団を民営化して、今は○速道路会社というらしいのですが、そういうものを始めちまいました。
公共工事というのは不思議なもので、一端始めたらやめられないそうなので、赤字国債は国民が借りたことになっていて、ところが、ワイドショー的な大衆迎合政治が好きだとされる、ケジメのつかない総理やら幹事長によれば、いつの時代も、愚かな大衆は抜きっていうのもあって、国土○通省が実質の筆頭株主です。
あらあら。
2007年でなんとか、国際銀行からの借り入れ金は、完済することができました。
しかし、人生とは、それが誰かは別にして、楽しむために生きるものです。
国際銀行からの借り入れ金は返済し終わったわけですが、いつのまにか道○公団は民営化され、その常識的な、何が常識なのかはわかりまぜんが、常識的な株式会社として運営するには、高速道路の料金は有料のままですし、あいかわらず、国土○通省はガソリン税を取り続けています。暫定な税徴収と控えめに、いっていたのも遠い昔で、今や国土○通省は、慢性化した財源不足にガタガタです。
あるトラック運転手も、毎日のように仕事帰りは、パーキング・エリアの片隅で、沈みゆく夕日をながめながら、仲間とノンアルコール・ビールを飲んじゃ、昔『鍵っ子』だった親が育てた娘世代の、カー・ラジオから流れるDJに合わせて、小さなステップで踊る日々です。そんなこんなで、J-POPとヒップ・ホップと、ヒップ・ダンスがすっかりお気に入りになっちまいました。
ただ、国民としては、○速道路会社は、高速道路整備網という超巨大な、資産を持っているにもかかららず、なぜそういった資産の対価を、国民へと払わず還元してくれないだろうという疑問があって、そうなれば、国土○通省も暫定税率を廃止できるし、ついでに、毎日の高速道路料金ぐらいは、無料化されないかなあと、ささやかな願いをもっています。
高速道路は、国民の国民による国民のための資産です。
○速道路会社のものではありません。
でも、○速道路会社は鼻で笑って相手にしてくれません、○速道路会社が赤字だからです。また、高速道路の無料化には、国民が国土○通省へお願いしなければならず、その代わりには財源が必要なのだそうで、消費税の増税をせがまれています。
はて? 高速道路の無償化に反対するのは、道楽息子の肩をもって、バカ親父を非難するようなものではなかろうかと、財源と増税の必要性さえ、さっぱりわけがわからず、やっぱり、バカだから、なんだろうかなあと悩んでいます。
なぜ、こうなっちまったんだろう……。
というわけで、クラブ・パブ通いに「定年しても、働かんとなぁ」と思っています。
ここで今、ひとつだけいえることは……。
なんたって、人生とは、楽しむために生きるものです。
国民が苦しむために、生かされているようじゃ、困っちまうよなあ。
最近のコメント